明晴塾さんに出稽古に行きました。

今度、中学生になった子たちが、中体連の空手に出たいと言い出しましたので組手のスタイルも違うし、

形にしてもかなり練習をしなければ勝てないよと言いましたが、基本的に私が以前から言い続けてい

るのが、スタイルや流派に違いはあれど「空手の精神は一つ」というのが私の考えなので、挑戦する事

はいいことだしかしやるからには途中で逃げ出すなと言って本人たちの意思で挑戦が始まりました。

まずどんなものなのかを分からせるために、私と仲良くして頂いている「松濤館 明晴塾」木原先生の

所にお願いをして、一緒に稽古をさせていただきました、木原先生もかなり空手道に対して情熱をもって

取り組みをしていらっしゃるかたで、生徒さん達も非常に強い子が多い所ですので、あえて連れて行きま

した。やはり予想したとおりにスピードに待ったくっついていけずに、散々でした、後はこの経験をこの子た

ちがどう考え、行動するかだと思います。木原先生いつもムリを言って申し訳ありません、これからもよろ

しくお願いします。

北浦漁港

先日の、休みの日に宮崎県延岡市北浦町に先輩に会いに行ってきました。

私の学生時代の空手部の先輩で塩月さんという方です。北浦は漁業の町のので、以前から船の修理等の会社を

地元でやっておられます。私も好きな所なのでたまにお邪魔をするのですが、士学館の合宿も何度かやらせて

頂き、宿泊や体育館の借用など色々と協力をしていただいております。何より楽しみなのは、夜の親睦会の時に

海の幸を色々と差し入れをしていただくのですが、これが新鮮で実にうまい、これにつられてプライベートでもお邪

魔をしております。また私の我ががまで、同窓会の延岡支部の支部長もしていただいており、今回は、私達が卒業

をしました、日大高校の50周年になる年なので、そのイベントなどの協力のお願いに伺いました。

写真は先輩の会社の前で写したものですが、目の前がリアス式の海岸になっていまして、とても景色も素晴ららしく、

いつか私も船を持って観光船にでもしたいなと思っています、ちなみに私は船舶免許も持っております。

周りからに会わない、イメージと違うと言われていますが、実は海を愛する、シ―マンなのです。

稽古をすること

日曜日の朝7時~9時迄を指導者稽古としていますが、基本自由参加です。

私が、35年位続けてやっているので、現在まで形を変えながらでも続いて

います。現役でやっていたころは、体も小さく、才能もなかったので、人より

稽古をしないとまともに戦う事ができないと思い、学生時代から始めました。

その間、何人もの人間が一緒にやらせてくれと言ってきまして、何十という

人達が来ては去ってまた別の人が来ては去ってという事を繰り返していまし

た。あの頃は、自分が強くなることだけを考えて稽古をしていましたので、あ

まり深くは考えませんでしたが、今になって振り返ってみると、やり続けるこ

とのむずかしさ、厳しさを感じます。最初は意気込みがすごいのですが、す

こしきつい稽古をしたりするとトーンダウンしてこなくなる人がほとんどで、

若かった事もあり、遊びたい事もあったのでしょうが、前の日に飲みに行っ

りすると来ない、彼女ができると来ないと、そんな事を何度も経験していると

自然に、期待をしなくなっていました。いくら言っても来ない人は来ないと思っ

てここ十年位は師範代と2人でやっていました。所がここ1年くらい前から

入ってきた人達が、誘ってもいないのに。私が日曜の朝にやっている事を聞

いて、集まるようになりました。最初はまたすぐに来なくなるだろうと思って

いましたので、期待はしなかったのですが、以外にも休むことなく出てきて

くれてます。私も最近では非常にうれしくていつもの稽古より、内心楽しみに

している自分がいます。7時からなのですが、6時30分から近くの公園で走

り込みなどを30分位やってから道場に移動するのですが、最初から出てくる

人がほとんどです。ただ以前は、10代~20代の人が多かったのですが、最

近は若い人が少ないのが少し残念です。たぶん今来ている人達は、誰の為

の稽古なのかが分かっている人達で、以外に負けん気の強い人たちのような

気がします、写真でもわかるように穏やかな顔つきの人が多いのですが、ちな

みに、私を筆頭にすごく裕福な弟子が少ないので、この朝の稽古の後には、皆

さん仕事に行きます。そこがまた立派だなと思います。

別に大会の為とか何かがあるので其の時の為に来ているわけではないのです

から、私は今の時代あえて少しくらいは、きついことを自分に仮すことも必要なの

ではないかと思います。きついですが、やれている自分に自信が持てます。

赤江中学校同窓会

昭和50年位の卒業だと思いますが、毎年同窓会が行われていましてなぜか私にも声がかかるので出席しています

が、結構続いています。出席率もよく毎回40名~50名くらいの人が集まります。写真には写っていませんが、その

当時熱血のスポーツマンで生徒から人気のあった岩切先生も毎回参加をしていただいております。これは素晴らしい

事だと私は思っています。結構そういう行事に希薄になってきている今の時代にひとクラスの同窓会ではなく、寄り集

まりの同窓会に毎回出席をされる心が大変素晴らしいなと卒業しずいぶんたった今でも教えられているように思い

感謝をしています。特別に新聞などでイベント的にやっているわけではないただ電話一本で集まる皆も素晴らしい

なといつも思っております。これからも継続していくことを願います。

福岡(篠栗)道中日記

5月の連休の後(連休は仕事でした)に福岡に行ってきました。

今回の目的は、私の次男でもあり、指導員でもある息子に第二子が授かり、神社(宇美神社)に行く為と、篠栗の

キャンプ場を視察する事、稽古をつけることが目的でした。篠栗自体、四国の八十八か所札所と並び日本三大四国

として有名な霊場です。その昔唐から帰国した空海が修行をした霊験あらたかな土地であり、歴史や神社、寺などが

好きな私にはとても興味深い所です。今回は篠栗町総合運動公園を起点として、若杉山キャンプ場、米の山展望台、

を回ってみました。時間がある時に篠栗でいろんなところを散策したり、稽古をするためなどを行う為にも拠点にする

ねぐらが必要で、アウトドアの好きな私としてはキャンプ場当たりが近くにあるといいなと思って探してみると、いつも

稽古をする、篠栗総合運動公園から5キロくらい山に入った所に若杉山キャンプ場がありました。

前回公園から走って行ってみようと試みたのですが、上り坂で時間を食ってしまい3キロ地点くらいで引き返しました

ので今回は、車で行ってみました。前回の所からあと2キロくらい上った所に思ったよりきれいなキャンプ場がありました。

今年の夏から秋にかけてチャレンジしてみようと思っていますが、指導員に話すと安いホテルの方が良いのではと

ロマンのないことをのたまわっているので、その時が来たら強制的にだれか連れていこうと思っています。

補陀洛寺や五塔の滝、篠栗耶馬渓などそそられる所がたくさんあります時間をかけて歴史と自然を満喫したいと

思っています。

北支部(大島道場)奮戦記

宮崎市大島道場(日高支部長)少年のクラスの稽古風景です。最近入った子供も多くてなかなか

苦労しているようですが、日高支部長が情熱を持って日々指導にあたっています。

日高支部長の気さくな人柄もあって、一般の指導員(湯浅指導員、中武指導員、橋口指導員)など

も協力をしてくれて楽しく、また厳しく稽古ができているようです。父兄の方々も熱心なので非常に

助かっています。指導者が中央卸市場や魚屋さん、自営業(アメリカの衣料品などの販売)など

さまざまなので、皆で協力をしながらやっております。興味のある方は除いてみて下さい。

宮崎市議長室

士学館の顧問と士学育成会会長を引き受けていただいています前田市議が、5月で宮崎市市議会議長、

九州市議会議員議長などのポストを任期満了により降りられることになりましたようなので、お疲れ様を

伝えに議長室に行ってきました。我々は普通なかなか入れないような場所ですが、わりとリラックスでき

る部屋で、外のロケーションも大淀川が見下ろせてなかなかの部屋でした。今迄お疲れさまでした、これ

からも市議会議員として宮崎の為に頑張って下さい。

宮崎「おいらん道中」

宮崎市の通称ニシタチ通りをメインに5月4日午後6時~「おいらん道中」がニシタチセブンモールおいらん

道中実行委員会主催で行われました。私も初めて知ったのですが、なんでも今年で第4回になるらしく、

宮崎の中心地を盛り上げようと、この場所(バージニアビーチ広場)からは少し南に行った所に大淀川と

いう宮崎を代表する川が流れているのですが、その界隈に昔は花街があったとの事で、それを再現して

いるのだそうです。聞いた話なので全部が真実かは分かりませんが、だいたいはあっていると思います。

それに私の知り合いのお嬢さんが出るので見に行きました。そこになぜか士学館の指導員たちがうろう

ろしていました。そお言う場所と匂いには鼻の聞く連中だなとあらためて思った次第です。指導員は若い

のである意味仕方がないですが、いい年をした相談役(名前は言えません)までいたのには、心の指導

を失敗した自分を責めました。すかさず写真を証拠としてとりました。基本的にはこの界隈を

賑わそうという狙いや、観光でこられている人達に喜んでもらおうという主旨なのでしょうから、道路を封鎖

して夜店などが出て、皆路上の仮設ガーデンでビールなどを飲んで楽しんでいる人達でにぎわっていました。

そこに私の後輩の野崎君というのですが、彼が率いてる太鼓のパフォーマンスもあってつい私も楽しみました。

来年もあると思いますので、皆さんも来て観て下さい。

自称、宮崎花街応援団のモモイでした。

事務局会議

5月の連休にどこにも行かない、もしくは、私みたいにほとんど仕事で休みがないような、世間から置き去りにされた

事務局の人間(一部指導員)を本部集会所(宮崎市江平)に集めて、今後の大会のスケジュールや、審判の育成

などについて話あいを行いました。今、父兄会の方で選手の活動費用などの為に物販などをしていた抱いております

ので、われわれもこれからの計画をしんけんに考えました。しかし世の中はゴールデンウィークという事なので、いま

いち盛り上がりには欠けました、これは致し方ないことだと思って割り切りました。この日来ていないまともな家庭を

持っている道場生を羨ましく思いながら解散しました。

吉田邸新築祝い兼プチ同窓会

ある4月の日の夜に某吉田邸にて新居のお祝い兼高校の頃の同級生たちが集まりました。

一人がなぜかギターを持参して来ていた為に、急に1980年代のフォークソング大会になって

しまいました。一応ギターは持っていますが、20数年ぶりに触るので歌と演奏は別物になって

いました。この家の主人は私と幼稚園からの付き合いで、その娘の佳奈ちゃんが小学校2年から

私の所で空手を始めて、学生の時は全国大会などに出場して頑張っていました。今年から看護師

の資格をとって新たな道を歩き出しました。私は第二の父親ですのでこの日は、そのお祝いも兼ねて

いましたので、本当にうれしくて楽しい夜でした。(ギターの弾き語りを除けば)其の佳奈ちゃんも

社会人になって、また選手として頑張ると言ってくれているので、これから今迄とは違う苦労がある

と思いますが、その言葉を信じて私もまた勇気をもらった気がします。

空手を教えていますが、本当は皆から色々な事を教えてもらっているように思います、内の道場の

子供たちが、空手を通じて自分に自信を持ち、人間力を身につけていい社会人になってくれて、こお言う

席で飲めることが、最高に幸せです。同級生のみんなもこれからも身体に気をつけて元気に年を重ねて

行きましょう。おれを大事にするように。