宮崎県宮崎市(県総合運動公園内、大島、月見ヶ丘、神宮)にある日本総合空手道場 士学館のホームページ

士学とは

空手道五条訓

  • 一.自己の鍛錬を忘れず、人格形成に努めること。
  • 二..感謝の気持ちを忘れず、父母への報謝にも努めること。
  • 三..努力の精神を忘れず、挑戦する心を持つこと。
  • 四..礼と義を重んじ、武人としての道を歩むこと。
  • 五.情熱を持ち、空手道の修業を一生のものとすること。

Karate-do Gojo-Kun ~Five Teachings of the way of karate ~

  • 1. Keep yourself disciplined and strive to build your character
  • 2.Always be grateful and (strive to )repay your parents for their favor
  • 3.Do not forget the spirit of effort and have the spirit of challenge.
  • 4.Respect the courtesy and righteousness and follow the path of being a warrior.
  • 5. Be passionate and Keep Karatedo training for your entire life.

士学館空手道の心(私の空手道人生)

「空手道を志すならば、技の修練にのみこだわらずに、心の修練にも同じく励んでこその空手道であり、武道です。

武道の修業には終わりはなく、自己の鍛錬は怠らない事が肝要である。

武士道とスポーツとの共通する理念も現代では多いと思うが、武道の本質は常に「死」と向かい合いその恐怖などを克服することに対しての修業を行い無の境地を目指したものであり、時代の変化とともにその修業が人格形成につながり、人間社会に適応した社会人を作り出すことに目的を変化させてきたのだと思う。

「相手を倒して、己を守る」このことが武道の本質だと思うが、近年、人をたおすことを強いられる世の中ではなく、これからの武道は、「人を生かし成長させ、己をも生かす」ことだと思います。

私も、空手の道を歩いて40年が過ぎました、特別に才能があるわけでもなく、体格にも恵まれてはなく、ただ「強くなりたい」これだけで始めました。

ゆえに学生の頃は、礼節を重んじる事、本当の強さの意味など特別に考えずに、己が強くなることだけを追求していました。

ただし、学生とはいえ、先輩後輩の縦の関係は先輩方からしっかりと体に刻み込まれました。

そこには礼節の中の目上の者へ敬意を払うなどとは違い、強い先輩等に対してのあこがれと、今で言うと、いじめに近いしごきでした。

しかし、社会人となってそのころの経験がかなり役に立つこともあり、社会に出れば、「不条理、理不尽なことも納得のできない事、恥ずかしい事」などのことがあり、仕事としてこなさなければならない事もたくさんあります、きつい思いをしたことがなく生きてきた人は、最初のハードルを越えるのに苦労していました、私は、学生時代の先輩方からのありがたい指導(いじめ、しごき)に比べればなんてことはなく割と楽にクリアできた経験が多々あります。

その時々で、目前のことに一生懸命に取り組み、最善の努力をやり続けることで、道が見えてきます。

私は、30代までは(空手=組手)の思いが強く、形などに関しては重きを置いていませんでした。

しかし、海外などに行ってみると組手よりも形・精神の修業に重きを置いている人達に多くふれあい、私も年齢を重ねてその重要性と、自分の空手道の底の浅さに気づき、もう一度初めから空手道を学びたくなり、沖縄に行き、「沖縄剛柔流 琉翔会 瀬名波重敏先生」に弟子入りをさせて頂きました。

40代後半でしたが、学べば学ぶほど、自分の空手の浅さと奥の深さを思い知りました。

50代後半になり以前より学びたかった、「琉球古武道 文武館 仲本政博先生」に弟子入りをさせて頂きました。

今もって、道半ばというのが私の現在の「空手道」です。

しかし、空手道の道を歩く以上、私なりに学ぶ事をあきらめずに、本当の空手道の道を考えながらこれからも歩いていきます。

士学館の心は、「何事にも挑戦し、学びを忘れない事」です、私はその実践者でありたいと思います。

心に勇みある時は、悔やむことなし

(心に勇気がある時は後悔をする事はない)

日本武術空手道  士学館・館長  桃井 敏行

The mind of Shigakukan Karate-do (My Karate-do life)

If you want to practice Karate, you need to practice your mind as well as practice techniques, that is real Karate-do : a Martial art.

There is no end there, and it is essential to be self-disciplined.

Although there are many common ideas between Bushido and sports in modern times, I think that the essence of Budo is to always face "death" and overcome its fear and the purpose of the training is to aim for a spiritual state of nothingness, and with the changes of the times, the training led to the mold of a personality and changed its purpose to create working people who adapted to human society.

Although the essence of martial arts is to "defeat the other person and protect oneself" in recent years, it is not in a world where people are forced to beat people, but the future of martial arts is to "make people leverage themselves and grow, to say nothing of you."

Forty years have passed since I started pursuing Karate-do. I was neither particularly talented nor blessed with a physique, but I just wanted to be strong. Therefore, I only pursued myself to be stronger without respect for courtesy and thinking the meaning of true strength when I was a student. However, even though I was a student, the vertical relationship between seniors and juniors was firmly engraved in my heart and body by seniors.

Unlike respecting superiors in courtesy, there was a longing for strong seniors and a hazing that is so called bullying today. However, my experience at that time can be quite useful after becoming a member of society. Once you go into society, you would face "absurdity, unreasonable things that you could not understand, embarrassing things" and so on and have many things to finish as a job. People around me who had never been through a lot were struggling to overcome the first hurdle. But that was nothing compared with the grateful guidance (bullying, hazing) from my seniors of my school days so it could be relatively easy for me to overcome in many cases.

At each moment, by working hard on what's right in front of you and continuing to do your best, you'll find the way. As I had a strong feeling of (Karate = Kumite), I didn’t give much weight to kata until in my thirties. However, when I went abroad, I came into contact with many people who put more emphasis on kata and spiritual training than kumite, and I became aware of their importance and the shallowness of my Karate-do as I got older. That made me want to learn Karate-do again from scratch and become a disciple of "Master Senaha Shigetoshi ,Okinawan Goju-Ryu Ryusyokai." Although I was in my late 40s then, the more I learned, the more I knew how deep karate was and how shallow mine was. In the late 50s, I became a disciple of "Master Masahiro Nakamoto, Ryukyu Kobudo Bunbukan," whom I wanted to learn from before.

Even now, I’m still on the way of my Karate-do. However, as long as I pursue Karate-do , I will continue to learn thinking about the genuine Karate-do and never give up.

The mind of is " Try anything and Never forget learning", and I would like to be the very practitioner of it.

When there is courage in your heart, you will not regret.

士学館の歴史

館長の青春時代・修行時代(高校生の写真)

部室の前にて

始めた当初の試合

当時の空手部員(時代を感じますね)

学生の主将時代

 

前列左から2番目は当時副主将の吉田君ん。現在、士学館シニアの部の指導員です。

若き頃の仲間達(修行時代)
アメリカ遠征時のスナップ(バージニア州の市長さん達)
 
中国(葫蘆島)への交流施設団

 北京オリンピックの開催される1年前に、この話を頂いて以前から中国には是非に行ってみたいと思っていたので参加させていただきました。というのも私の父親(小学校に上がったころに蒸発した人)が、その当時、満州と呼ばれていたそうですが、そこからの引揚者でたまたま宮崎に流れ着いて住みついたとの話を聞いていましたので、その父親が生まれて、育った国を見てみたかったことと、色々な武道、格闘技のルーツが中国だという事で尋ねてみたい国でした。

 特に今回は行政でのある種の交流を意識した訪問ですので、普通の観光では見ることのできない事、体験できない事、などが経験できるのではと期待を込めて参加しました。目的地は、終戦時にこの地から何十万人もの日本人が1946年から引き揚げを行った場所だという事です。北京の街から高速バスで約9時間ぐらいかかったと思います。

 帰りはすごくて、霧が発生して1メートル先も見えない状況になり、日本で言うパーキングエリアのような所で、約17時間足止めを食い、大陸のすごさの一部を見ました。北京は私の想像を超えた都市でした、特にオリンピックを控えていたのでものすごいパワーを感じました。

 ただ田舎に行くほどインフラ関係の整備がしておらず、昔の日本を思わせるような風景がありました、ただ少し大きな街になると外からの攻撃に備えてでしょうが、塀のようなもので街全体をおおっていて、文化が違う事を感じさせられました。以上のような因縁がある国なんで少し長くなりますが、私が経験(空手道を通じても)して感じたことを私の歴史に入れさせていただきます。あくまでも私の私感です。

葫蘆島につきました、その風景です。

中国の歴史と、大きさこれはすごい(万里の長城)

 

 中国の人のプライドを感じました。朝の6時位の風景です、特別に私たちが行くので集まったわけではありません、普段の風景です。

 同行していた職員の人から頼まれて空手の演武をしましたが、私の演武が終わるや否や、すぐに横に来て、太極拳の一部でしょうが、「虎の拳」とか私には聞こえましたが、明らかに太極拳のゆっくりした流れるような動きとは違い、素早い攻撃的な演武でした。どうだと言わんばかりの態度でしたので私も少しカチンと来ましたが、集まっている人の数に圧倒されて、寡黙な人になっていました。

 しかし、その一番偉い先生方から太極拳の動きを教えてもらいましたが、その立ち方、動き、構え等から、確かに日本の空手のルーツは中国にあると私なりに確信しました。写真に写っている人はまだ一部の人たちです。この光景を見ながら、自然に早朝からお年寄りから 若者まで集まり、毎日1時間~2時間の稽古をして一日をスタートさせる、これが自分たちの国に対する誇りではないかと思いました。自分たちの文化を継承し続けていくことの素晴らしさに感動しました。

 もちろん全部の中国の人がそうだとは思いませんが、すくなからず今の日本人が学ばなければならないような所がたくさんあると思いました。

 

この町唯一の太極拳の道場

日本実戦空手道 叢林塾 本部 副塾長 木花支部長 当時(師・海野会長と仲間達)
叢林塾会長・海野広道先生との思い出
士道館館長・添野先生との思い出
館長 試割演武
館長の日常

幹部でエグザイルになった気分
(大きな勘違い)

牛との闘い!真剣勝負!
(引き分けでした)

沖縄修行
沖縄剛柔流琉翔会入門

正道会館 大矢宮崎支部長/師範代 伊地知先生/叢林塾 赤崎二代目塾長

沖縄在住 リョウ君と一緒に

文武館 入門

仲本先生・キャン先生

士学館 永久会員

空手が好きで少しやんちゃな中嶋拓也君。
2009年2月5日永眠。

お母さんが拓也と住む為に建てた『タクヤハウス』

中嶋拓也 タクヤハウス
中嶋拓也君の組手