今年もやってきました、明青塾、木原先生のこだわり忘年会!
木原先生の挨拶、ここまではまともです。
ゲームワン少し壊れていますが、女性メインですので何とか理性で我慢!
変態ゲームの初まりです。組手の得意でない湯浅師範代も変態度では負けていません。
惜しくも優勝は逃しました。
締めの挨拶をご指名でやらせていただきました。しかし夜はこれからです。
今年も楽しい夜をありがとうございました、これからもよろしくお願いします。
中村先生お疲れ様でした、
何年か前からの想いがあって今回の旅になったのですが、ここ何年か指導をさせて頂いてる中で自分
の求める空手とは、自分の空手とは、という疑問がありよく考えてみると、生徒には空手道とは一生
を通じて行う武道です。といいつつ自分の修業がなされていなかったことに気づきました。
私自身自分の稽古はしているつもりでしたが、追及は怠っていたと思い私はまだまだ途中だなと思う
ようになり、もう一度自分のための修業をし私の考える空手道を完成させていと思い、定期的に時間
を作り、あちこちの空手を訪ねて勉強をさせて頂こうと思い今回がその1回目です。
まずは、空手といえば皆さん沖縄と思われる方が多いと思います、私も沖縄が好きで今迄十数回は行っ
ていますが、仕事と観光だったので今回のように空手を目的としては初めてでした。10年ぶりくらい
だったのですが、まず近代的になっていて新しい街づくりがしてありモノレールもできていて交通のア
クセスも非常によくなっていることに驚きました。今回ある先生の指導を受けに行ったのですが、空手
に対してのとらえ方が違うと思いました。単なる空手道という武道としてのとらえ方ではなく、そこに
は微妙に歴史が絡んでいることに気づきました。極論で言えば、日本としての沖縄県ではなく琉球王国
としての考え方やほこりが空手道を通じて生きていると思います。私が特に感じたのはその歴史を守る
という事、そしてまだ進化をしているという事です。10月25日は空手の日というのを県が決めて、
その日は、沖縄の空手道の各連盟などの団体が集まり、国際通りで1000人規模で演武を行うという
事でした。さらにユネスコの国際遺産に「空手道」を認定してもらうために申請をしているとの話でし
た。今回の旅の中で県の職員の方とお会いしましてその方がいろいろと話をしていただきましたが、県
のスポーツ部文化振興課という部署がありそこが今空手会館を造ったり先ほどのことなどを企画したり
しているところだと思いますが、その熱の入れようからして沖縄では「空手道」を武道としてだけでは
なく文化としてもとらえているのだと思います。ただ空手の発祥は沖縄ですが、各流派の方々が沖縄に
いらっしゃるのかというとそうではなく、明治以降空手道を本土に普及させようと先生型が関東、関西
などに移って行かれているので、割と東京が本部になっているところが多いのも現実です。普及させる
為にいろいろと変化をしたこともあるようだが、例えば競技(試合)としての空手、安全性、合理性を
追及した空手、近代空手と変化を拒んでいる空手を沖縄空手というように沖縄の空手関係者は分けてい
るのではないかと思う。どちらかを否定しているわけではないが空手の心理は沖縄にあるという事のよ
うな気がする。今回は時間もあまりなく最初だったので技自体はあまり吸収することができなかったの
ですが、それでも方についての分解や技の理など参考になりました。
これから沖縄だけではなく私の求めるものに会いに空手の旅を続けていこうと思います。2年ぐらいで
自分の考える空手道も形にできればと思っています。ただそんなに若くはないので、考えて動きたいと
思います、今回も1日6時間近くやっていましたら(朝の自主トレも入れて)さすがに2日目に答えま
したので、沖縄だからまむしドリンクを買って飲んだら、よく考えると沖縄はハブではなかったかと思
いましたがまとめて買ったのでそれをのみつづけました。最後に沖縄の観光客の半分以上は中国の人で
はないでしょうか、とにかく中国の人が多くて、ドラックストア―の店員さんまで中国の人でした、少
し疑問だったのはホテルの横がドラックストア―だったのでちょこちょこ行きましたが、そのたびに中
国語で私に話をしてきて、最初は中国の人なので日本語がわからないのだなと思っていたら、ほかのお
客さんには日本語で話をしていたので、私が日本人とは思われなかったのかなという事に複雑な心境で
した。
今迄も何度か掲載をさせて頂いています、「宮崎日大高校同窓会宮桜会」の年に1度のイベント
「日大わっしょい」が10月25日に宮崎で行われました。去年から県北地区(日向、延岡)で
もおこなうという事で11月の15日に第一回の実行委員会を若杉日向支部長、日高延岡支部長
を中心に行われました。出席者は黒木会長、桃井副会長です。第一回を命を懸けて開催をしてい
ただいた、塩月先輩に報いるためにもこれから継続して行っていきたいと私は思っております。
その意思を2人の支部長が継いでくれると信じています、去年よりも大きくだとか派手にやろう
などではなく、縁あって同じ高校で学んだ者同士が年1回は集まり卒業してからの課外授業にな
れば一番いいのかなと思います。卒業してそれぞれの見てを歩いているものが集まりその経験や
苦労などを後輩などに話すことでその経験が生きることにもなると思いますので、しばらく学校
のことが頭から離れていた人たちも参加をしてください。日程は平成27年2月21日です。
場所、時間等が詳しく決まりましたら報告をします、尚、日向、延岡にお住いの卒業生の方で
お手伝いをしていただける方はご連絡をください。
今回も姉の治療のための立ち合いで呼ばれて鹿児島医療センターに行ってきました。
この日も待合の時間があり久しぶりに、仕事、空手抜きの鹿児島散策をしてみました。私の好きなところは結構
ありまして、よく考えると年代によって思いが強い弱いというのがあるなと思います。簡単に言いますと子供の
ころ、幼少のころから小学生ぐらいまでは、現在の日置市(吹上町)での田園風景や暑い夏の日に田舎道を一人
でふらふらと歩いている自分、(基本一人での行動が多かった。協調性がない子供)中学生の頃は、親戚の家が
ある薬師町、荒田町など市内です、高校はなくて(宮崎での仕事?が多忙)県外に出て、鹿児島で就職をした
20歳前後はなぜか串木野町と甲突町が好きでした、訳は言えませんが、その後指宿である「菜の花マラソン」
に出るようになって指宿、枕崎、が好きになり、その後は城山公園付近と水族館があるあたりが好きになりま
した。それぞれにいろいろな思い出やエピソードがありますが、それは私の人格を問われることにもなります
ので伏せさせていただきます。
しかし、姉の病院が城山公園の下にあることもありこの辺りをよく歩きますが、1~2時間歩くだけでも鹿児島
の人立ちのプライドや気質がわかるような気がします。何かしら郷愁にもかられますが、頑張ろうという気にも
なるスポットです、ただこの日は灰が降った後で風が強くて舞い上がる灰で顔と口の中がじゃりじゃりになりま
した。
昨日(11月2日)に私の知人が結婚式を行う、その席で空手の演武をしてくださいとのことでした
ので私の弟子6名と出席して演武(祝武)を行いました。たまたまその日は鹿児島アリーナで「拳心
会秋季大会」が行われる日でしたので、鹿児島市の西と東を行ったり来たりの忙しい一日でした。
新郎(野田君)は中学校から日向学院でバレーボールの選手で高校の時には国体の選手にも選ばれる
程のアスリートです。現在でも社会人のチームで頑張っているようです。そんなことで出席者の半分
ぐらいはバレーボールの関係者の人たちで、背の高い人たちが多い披露宴でした。
そんな中での演武でしたので少し皆が緊張気味でしたが、始めれば気合が入りいい演武ができたまし
た、皆さんにも感動をしていただきました。ふつうそれで終わるのですがなぜか式場の方か、新譜さ
んのご親戚の方かにインタビューを受けまして、さらに新譜のお父さんとおばあさんと思いますが、
お礼までいただきまして恐縮しました。演台でそおゆうのをいただきますと旅回り役者のおひねりを
頂いたようで、スポットライトがほしい気分になりました。何はともあれ皆さんに空手道を少しでも
理解していただき、喜んでいただけてのでよかったと思います。
ちなみに、(おひねりは鹿児島中央駅のお土産店街で協力してくれた人たちに鹿児島のお菓子を買って
渡しました。)それからすぐに試合会場に引き返しましたが、ちょうど試合が終わり閉会式がはじまる
所でした。結果を聞きましたら、優勝者2名、入賞者6名ととても頑張ってくれていました。(私がい
ない方がいい結果が出るのか?)詳しくは大会情報で近日中にお知らせをします。
今年も恒例になりました、「日大わっしょい」が、12回卒の富岡先輩、今橋先輩が中心となり開催
されました。いつもとは少し趣向を変えて一ッ葉にあります「コテージひむか」のプールサイドが会場
になり、少し季節が外れましたが南国宮崎らしい雰囲気が出ていました。
本当は9月でこの会場は終わりだったらしいのですが、そこは良くも悪くも我が中心の日大OBですの
で頼んだらこころよく?やってくれたとの事でした。しかし毎回このイベントの広がりがあるのですが
今回は20代の人たちが参加をしてくれたり、女性の方々も増えてきているなど、例年以上にすそ野が
ひろがって来ているのが実感できました。実行委員で動く人たちは毎回大変ですがそこは母校のためと
皆さん手弁当で頑張っています。今度は日向、延岡を対象にした第2回県北地区の同窓会が開催されま
す。11月に日向か延岡で実行委員会の立ち上げがありますのでまたお知らせをします。士学館の人で
宮崎日大高校の卒業生の人がいましたら私に申し出てください。いいことが待っていますので・・・・
来年は30代の人たちが中止になり行う予定ですので楽しみにしていてください。
今迄家庭菜園や農業にまったく興味がなかった私ですが、最近これからの食糧事情や生活
それから心の癒しを考えたときに、やはり自然とのふれあい、土とのふれあいが心と体を
健康にしてくれるのではないかと思い今回津倉市民農園を借りました。
まったくの素人ですので今本を見て勉強をしています。先日の日曜大会が速く終わったの
で、初めて種をもっていってみました。静かな農園で土と戯れるのもなかなか良いもので
す、これからうちの一般道場生で心にやみを抱えていて狩猟型の人間、高野、押川、金井
、高木、松本、章大、老後に間違いなく食糧危機に陥りそうな、湯浅、坂本などを参加さ
せて、農耕型の忍耐力、粘り、心の豊かさを学ばせ、人としてこれからしっかりと生きて
いくよう、老後もとりあえず飢えて死なないように準備をさせる、それから子供たちに収
穫の時などに一緒に遊べるよう、以上のことを目的にして頑張りたいと思います。
現在幸せな家庭生活を送っている道場生は、とりあえず成り行きを見守ってください。
まず今度の日曜に朝稽古の後、湯浅師範代と土つくりからやりたいと思います。
これからの作業を皆様に定期的に知らせますので、士学館の人で興味がある人は来てくだ
さい。気長にやっていきます。
台風19号が吹き抜けていきましたが皆さん大丈夫でしたでしょうか。私の周りの方々は大きな被害
もなかったようです。週末になると台風ですので秋の風情を感じている暇もありません、私事ではあ
りますが、昨日(12日)に台風の影響が出てき始めていた時ですが各地で運動会が中止になる中
私の息子の子ども(一般的には孫とも言う)の運動会が根性で行われました。
恥ずかしながら私は空手の演武を頼まれていった以外は、子供の運動会にもまともに言ったことがなか
ったので、初体験でした、その初の体験の日が台風でした。さすがに外ではなく小学校の体育館を借り
ての運動会でしたが驚きがいくつかありました。まず台風にもかかわらず父兄の方々やおじいちゃん、
おばあちゃん、両親の兄弟のような人、お友達などすごい熱気でした、保育園生たちが教えられたこと
をしっかりとこなしていること、障害物競争だと思いますが鉄棒の逆上がりをするところがあったので
すが、皆クリアしていました、そのほかの競技もいくつか見ましたが一生懸命にやっている姿を見て、
私の空手教室の教え方に大変参考にさせてもらうこと、気づかされることがいくつもありました。まず
先生たちのご苦労もひしひしと伝わってきましたし、4歳だから5歳だからという限界をこちらで決め
ていたような気がしました、可能性は十分にあるなと気づかしてもらいました。午後からは仕事があり
見れなかったのですが保育園の子どもたちに教えられた一日でした。先生方ご苦労様でした。
10月19日に行われる「宮崎県硬式空手道選手権大会」の会議を10月5日に延岡の土々呂で行いました。
台風18号が最接近している中でしたが、延岡の父兄の方々が来ていただき手伝いをしていただきましての
で思いのほか早く作業を終わることができました。九州大会の選抜も兼ねる大会なので皆さん真剣に討議をし
ました。大会のスケールも大切なことですが、大会でのマナーや参加者の礼節など武道としての大会であると
いうことにこだわりを持ち緊張の中にもすがすがしさのある大会にしたいと皆張り切っておりました。
大会まであと少しですが、宮崎県武道館で行いますので今回は宮崎のスタッフ、ご父兄の方々にご協力をお願
しなければなりませんがいつも一生懸命にやっていただけるので助かっています、今回も皆さん一丸となり成
功させようと思いますのでよろしくお願いします。